2023_02_04

 

物事とは、世界とは、暮らしとは、もしかしたら自分が願った逆の方向へ進んでいく様に出来てるんじゃないか。小さな子供が、生まれてはじめて世界に見出した一つのささやかな決まり。イオンへ行く日には雨が降った。鉛筆を綺麗に削っていった日には下敷きを失くした。プールで背泳ぎをすると必ず突き指をした。手作りのデスノートに恐る恐る名前を書いた人は、みるみる元気になっていった。教室の日めくりカレンダーが剥がされていくたび、その子の学習は強化されていった。

 

そうして不貞腐れてしまった悲しい子供が節分の日を迎えると、「鬼は内 福は外」と言いながら豆を撒くようになる。校庭の築山にそびえ立ち、神さまに向かって「鬼は内 福は外」と叫びながら豆を投げつけた。神さまがその子の願いを叶えてくれたのは、それが最初で最後だった。子供は築山の上で独り、鬼になってしまい、あらゆる福から逃げられるようになった。

 

鬼は戸惑った。一番の拠り所にしていた世界の法則が崩れてしまって。鬼は試しに、愛してください と祈ってみた。誰にも愛されなかった。それならばと、こっぱみじんにしてください と叫んでみた。誰にも愛されなかった。鬼はもう、何も分からなくなって、胸が潰れそうになっていた。

鬼の願いは、ただ一つだった。

「人間に成りたい」

卑屈と謙虚を取り違えず、自信と慢心を間違えず、鼻につかない程度に聡く、利用されない程度に優しく、そうやって針に糸を通すような所を目指しながら、でもたまには「人間だし」と誤魔化しながら、犬を愛しながら。見よう見まねで憶えた踊りで生きてみた。恋は下手だった。

 

でも、そうやって足掻けば足掻くほど、なりたかった人間の姿から一歩一歩着実に遠ざかっていった。どんどん優しさを失って、許せないことが増えて、どこにも馴染めなくて、本当に思っていることが言えなくて、近づいてきてくれた人を傷つけた。優しくなりたい と願えば願うほど、鬼はどんどん鬼として成熟していき、周りから人がいなくなっていった。流浪の果てに鬼ヶ島へと辿り着き、鬼は安堵した。やっと、独りじゃなくなった。俺の居場所が、ちゃんとあったんだと。そこには、他の鬼が沢山いた。お喋りをしたり、お酒を飲んだり、鬼なりのセックスをしたり、凄く楽しそうにしている。サイゼリヤ鬼ヶ島店で、歓迎会をしてもらった。楽しく喋っていたはずだった。ただ、一人の鬼が、鬼の目を真っ直ぐ見つめてこう聞いた。

「お前は、どうしてここにいる?迷い込んでしまったのか?」

子供は、また独りになった